本と共に住まう

吉田早織

(上から)1階南側図書室の様子/緑道からみた外観の様子/2階住宅側と図書室を分ける本棚

本と自然と人を繋ぐ空間

敷地は世田谷区北沢川緑道に隣接した自然豊かな住宅街だ。近くにある代沢小学校や長年住む住人も多いことから、子供からお年寄りまで幅広い年齢層が集う通りでもある。こうした地域性を考慮し、老若男女が楽しめるものとして、私は「本」を選び、ブックカフェ併用住宅を設計した。通常、住宅と公共施設を複合させる場合、プライベートな空間を公共空間から侵害されないように、ある程度空間を切り離して設計することが一般的であるだろう。しかし、それでは住人と地域の人の距離を埋めていくのは難しく、私はその空間のあり方に疑問を抱いていた。今回の設計では住人と地域の人が積極的に関わることができるような併用住宅を目指し、以下の3つのポイントをもとに設計した。①一方向の本棚だけで空間を構成 ②緑道の自然観を敷地内に取り込む ③本を媒介にした住人と地域の人とのコミュニケーション

(上から)2階中庭を通して住宅側の様子が見える/3階リビング鳥瞰図

本を収める以上の役割を本棚に

先に述べたように、一方向の本棚だけで空間を構成したことによって様々な空間の可能性と、住人と利用者の関係性を拡げることができたと私は考えている。まず、1階と2階にある大きな本棚は、住宅と公共部分を切り分ける“壁”の役割を果たしているのだが、本の密度や、本棚が2枚重なった箇所を設けることで、絶妙な距離感を両者に作ることができる。繋がりすぎず、けれども、空間として断絶されていない距離感を、この家族は本の入れ替えを行いながら作ることができる。そしてこの家族は住宅側からおすすめしたい本棚をディスプレイしやすいという利点もあり、利用者が本を読む様子を暮らしながら眺めることができるのである。また、本棚の格子は自然を切り取るフレームの役割もにない、緑道で感じた豊かな自然を、敷地内や中庭に自然を取り込むことで、常に住人や利用者は本棚の格子と本を通しながら自然を感じ、読書とお茶をゆったりと楽しむことができるのだ。

この住宅にのせた想いと地域の未来

本の発行部数は年々落ち込み電子書籍で本を読む人が多くなった世の中で、私はあえて紙の本を収納した「ブックカフェ併用住宅」を設計したいと考えた。指導の講師からは「例年本棚を選んだ生徒は発表までに終わらないぞ」そんな言葉に恐怖を覚えながらも、作りづらい格子の本棚を23個やり遂げられたのは、シンプルに私自身が本が大好きで、今後どんなに文明化された世の中になっても紙の本は無くなって欲しくないと思うからだ。紙をめくる行為や、装丁された本の質感はデジタルでは味わうことのできない心の動きや感動がある。
この住宅に住む家族は、そんな紙の本のの良さを理解し、そして読書をこよなく愛し、地域の人たちに良い本を発信し続けるだろう。そして、地域の人は緑道を歩いていると格子の本棚が目に入り、ふらっと立ち寄る。そして住人のディスプレイした本を手に取り、それが人生の一冊となる出会いになる。そんな、ささやかだけど温かな日常が、この住宅を通してこの緑道にずっと続いて欲しいと思うのだ。

吉田早織
愛媛県松山市出身。
立教大学卒業。
会社員を経て、2019年桑沢デザイン研究所に入学。

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