私の想いを感じて、見つけて、探して。
感情や思考は、言葉にした瞬間、
文字という「型」に収められる。
そのとき、もとの感覚やニュアンスは、
わずかにこぼれ落ちてしまう。
同じ言葉であっても、角度や状況によって、
異なるかたちで現れる。
本作は、水槽の中のガラスの文字を通して、
言葉が持つズレと曖昧さを可視化したものである。
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【作品説明】
私は今回、「書とタイポグラフィ」というテーマをもとに、言葉や文字が持つ曖昧さをコンセプトとして制作を行いました。
言葉や文字は、一見すると、私たちの思いや感情をそのまま伝えるもののように見えます。
しかし実際には、嘘をついてしまったり、本当は言いたいことが言えなかったり、強い感情があっても言語化できなかったりすることがあります。
このように、言葉には形になりきらない感情や、100%では伝えきれない不確かさが存在しているのではないかと感じました。
そこで私は、その言葉の曖昧さや不確かさを、文字の見え方そのものによって表現することを試みました。
本作品では、ガラスで制作した文字を液体の中に配置し、光と素材の性質によって文字が見えたり見えなくなったりする現象を利用しています。
使用している素材は、ガラスとグリセリンです。
グリセリンはガラスと屈折率が近いため、液体の中では光が境界で屈折や反射しにくくなり、ガラスの輪郭が周囲と同化して、文字の存在が消えたかのように見える現象が起こります。
この現象を利用することで、文字は常に同じように見えるのではなく、光の当たり方や鑑賞者の視点によって現れたり消えたりする状態になります。
さらに水槽の中には複数の文字が配置されており、鑑賞者がよく観察し、すべての文字を読み解くことができたとき、
「ねえ、すき、でも、ほんとうは」
という言葉が浮かび上がる構成になっています。
つまりこの作品では、言葉をただ読むのではなく、探し、見つける体験を通して言葉に出会う仕組みになっています。
本作品で使用した「ねえ、すき、でも、ほんとうは」という言葉には、伝えたいのに伝えきれない感情を込めています。
「ねえ」という言葉には、相手に思わず呼びかけてしまうような、溢れる気持ちを。
「すき」には、本当は伝えたいけれど簡単には口にできない、繊細で大切な感情を。
そして「でも」という言葉には、気持ちを伝えたい一方で、不安や迷いによって言葉が止まってしまうような感情を込めています。
「ほんとうは」には、その先の言葉を続けたいのにうまく言えない、胸の中に残ってしまうもどかしさや、言葉になりきらない感情を込めています。
これらの言葉は意味としては明確でありながら、その奥にある感情は一つに定まらず、状況や解釈によって揺れ動くものだと感じています。
その不確かさや曖昧さを、文字が見えたり消えたりする現象によって視覚化しました。
鑑賞者が文字を探し、言葉を読み解く体験を通して、言葉は絶対的なものではなく、状況や解釈によって変化する曖昧な存在であるということを感じてもらうことを目指しました。



