「生命力のあいだ」が見つめているのは、強く華やかに開花する生命そのものではなく、存在と存在のあいだに生まれる感覚である。
打ち捨てられた建築、徐々に枯れていく葉、街角に静かに佇む物、あるいは今まさに花開く花や餌を探す白鷺——それらは成長や労働、衰退や変化の過程にあり、ときに見過ごされながらも、それぞれのかたちで「存在していること」を示している。
生命力は生きものだけに属するものではない。それは人と物、光と影、現れることと消えゆくことの「あいだ」に宿っている。
そうした偶然の交錯のなかで、私自身もまた、この世界のなかに確かに存在していることを感じる。



